生い立ちからセラピストになるまで

私の事に興味を持って下さってありがとうございます!

セラピストが自身の事を自分で語るのも・・・と思ったりもしたのですが、

どういう人かある程度知って頂ける事で、クライアントの皆様に安心して頂ける面もあるのかなと思い、

恥ずかしいのですが、自分自身の振り返りも含め、思いきってこのようなページを作成しました。

興味のある方に、お時間ありますときに読んで頂ければ幸いです。

 

 

 

 私は、生まれて気づいたら、絶えず「なぜ、自分はここに生まれて来たんだろう?」と、

 

まだ言葉をうまくしゃべれない時から不思議に感じていました。

 

そして、魂の本当のふるさとは別にあって、ここには一時的に滞在している、そんな感覚がありました。

 

なので、辛いときや、悲しいときには、早くもとの場所に還りたいなぁ、そんな気持ちさえ抱く、少し変な子どもでした。

 

小さな頃は現在とは違い、視力も良かったので、多分、今よりもきれいだった星空を良く眺めては遠い宇宙に想いを馳せていました。

 

中学生になると、一番星や夕暮れ時のきらめく恒星に「~なので、~をお願いします!」とお願いをしていました。

 

両親の胎教のお陰か、小さな頃から音楽がとても好きでした。というか、音楽が暮らしにあるのが当たり前でした。

 

伯母が当時は高価だったステレオを持っていて(アメリカ占領時に購入!年がバレる・・・)レコードを沢山持っていたので、

 

伯母のアパートに行くと、レコードをかけてもらって良く聴いました。

 

その時に好きだったのはムソルグスキーのはげ山の一夜でした。

 

おむつもしていた頃なので多分2~3歳くらいだったのではと思います(激しい2歳児・・・)。

 

それからしばらく経った頃、私自身は記憶が無いのですが、

 

当時住んでいたアパートの近くにピアノを教えているお姉さんが居て、

 

自分でピアノの音を聴いて勝手にその家に上がり込み、

 

私を探しに来た両親がお姉さんからピアノを教わる私を見て慌てさせるという事件がありました。

 

幼稚園・小学生の時には子ども向けの音楽教育用レコードも幾つかあり、

 

サン=サーンスの動物の謝肉祭にはとても面白いナレーションがついていて大好きなレコードでした。

 

特に白鳥のメロディーの美しさには心をうばわれていました。

 

シューベルトのアヴェマリアなど、元気の良い曲よりは、メロディアスで少し悲しげな曲が好きでした。

 

 当時、決して裕福とは言えない状況の中、両親は教育熱心で、私たち姉妹にさまざまな習い事をさせてくれました。

 

今思い返せば、父が事業を独立したばかりで大変だった頃に、良く通わせていたなと思います。

 

事件のあと、引っ越ししたため近くの厳しい先生につき、ピアノ人生には挫折を感じていた私は、

 

中学生の頃には才能がないとあきらめ、吹奏楽部でクラリネットを吹き始め、

 

これなら、ピアノと違い、一度に一個しか音を出さないから、ピアノよりは上手になるかもと音大受験を目指し、専門的に学びました。

 

それから大学での勤務、アーティストのお世話をする制作関係のお仕事、オーケストラなどでの演奏など、

 

ずっとクラシック音楽と関わる仕事をしていました。

 

気付けば、ずっと音と関わる仕事をしていましたが、

 

その一方、私にはもっと違う形で音と関わっていくのではという予感、予兆を持っていました。

 

 それは、音楽と共に、私の人生の中で大事なもうひとつの要素に起因しています。

 

私の生まれ育った沖縄は日本本州とは少し異なった独自の風習や文化が沢山あります。

 

昨今の沖縄ブームのお陰で良く知られるようになりましたが、ユタとか普通に相談に行く家も多いですし、

(沖縄ではユタ半分、医者半分といった言葉もあります)

 

ガジュマルの精霊キジムナーもファンタジーでは無く、クラスで見たことあるよ~という子が1~2人は居たりするので、

 

自分には見えない物、聞こえない物が見えたり、聞こえたりする人が居ても、その人には見えてるんだな~と普通にみんな受け止めていました。

 

ユタの家系の子とかクラスに居たりすると、幽霊話には事欠きませんでしたし、地上戦になったところですので、幽霊居ても当たり前とみんな思っていました。

 

私自身はそんなに見える訳ではないのですが、母が幼い頃に不思議な体験をしたことを私たち姉妹に良く語っていて、

 

いつも、こわーいと思いながらも話し上手な母の話を姉妹みんなで楽しみにしていました。

 

クラスで聞く怖い話しはたいてい、話し手やその家族が体験した不思議な話でしたので、疑う気持ちはありませんでした。

 

 

 

私が、そんな環境はある意味、特殊なんだと知ったのは大学生の頃です。

 

県外の音楽大学に進学した私。

 

今で言う、いわゆるスピリチュアルな話しをしても沖縄では普通に受け止めてくれる人が割といたので、

 

同級生に

「人間って、宇宙の小さい版と思うんだよね~、だって人間の中に沢山の細胞があって内蔵なんかがあるのに、

私自身はそれを全然分からなくてもそれぞれ働いて調和が取れていてくれるから普通に生きられるじゃん。

宇宙も繋がっていておんなじ様に調和が取れていてそこにあるんだと思うんだよね~」って話したら思いっきり、

 

「全然、わかんない」 「意味不明」 と言われた時。

 

あるいは、普通に「肉体って、スーツみたいなもんだよね、入れ物だから。だって魂は生まれ変わって続くんだから」と言ったら、

 

「え、魂なんてないと思う、死んだら命が消滅するだけと思う・・?」と言われた時。

 

 

 

        ガーン・・・

 

 

 

え、みんな、死んだら自分が全部無くなると思ってるんだ、輪廻転生なんて信じている人、少ないんだ。

 

自分自身は何度も生まれ変わっていると信じているというか、知っているという感覚に近いのですけど、

死んだら無くなるなんて、考えたことも無かったので、すごくびっくりしました。

 

このような経験は県外で過ごせたからこそ、出来た経験だと思います。

そんな経験もありつつ、

県外から沖縄に戻った私は、益々スピリチュアルなことに惹かれ、

色々な本を読んだり、

不思議な力を持っている人に会いに行ったり、

インターネットが普及してからは、インターネットで色々な情報を得てセミナーや講習会にも行くようになりました。

 

そして10年位前から

いつかはもっと人を元気づけられるようなお仕事、セラピストになりたいなとずっと思っていました。

 

また、セラピーやセッションを行うなら、

今まで自分の人生の重要な部分を占めていた「音楽」や「音」に関するスキルも活かせるような

そんなセラピーやセッションの形を求めていました。

 

そして、2年前についにサウンドヴォイスヒーリングと出会い、

「これだ!!」と確信しました。

 

それはCD付きの1冊の本でした。

村山友美さんの

        「あなたの声と音がすべてを浄化する」

 

本はかわいらしいイラスト付きで、文章も読みやすく書かれていて、

スピ好きの私には、今まで学んできたこととの共通点も多く、

一気に読みました。

 

ワクワクしながらCDを聴くと・・・

 

「何じゃこりゃ!!」

 

聴くだけで色々な事が体に起こったのです。

特に、右脳と左脳のバランスをとる音源と、

チャクラのエネルギーを整える音源は、

ダイレクトに体に働きかけているのが実感できました。

 

他の音源も聴いてるだけで

宇宙に連れて行ってくれるような そんな感覚があります。

 

毎晩、眠りながら聴くと、朝の目覚めも違いました。

 

すっかり魅了されて、

念願叶ってセラピストの講習を受けて無事認定を頂きました!

これまで学んだことと、自分自身の感性を合せて、

オリジナルなセッションをどんどん開発していけたらと思っております。

 

村山友美先生の素敵な魅力も

随時、ご紹介していきたいと思います。

 

必要な方に、届きますように!!

 

 

                   紫音